◆凶のうつけもの(^^;
◆第11回・・・我孫子検車場・車両工場跡地・浅香(あびこ、あさか・住吉区)
今回は、私にとってはちょっと懐かしい所です。
画像数が多いので(6枚)覚悟してください(^^;


地下鉄我孫子検車場・車両工場の跡地は、現在「浅香中央公園」や住吉スポーツセンターに生まれ変わっています。
ここに昔広大な地下鉄の車庫があった事は、今では想像もつきませんが、ただ一つその存在を残しているものがあります。
私は小さい時にこの車庫の近くに住んでいて、よく親に連れられて地下鉄の電車やたまに通る阪和貨物線の貨物列車を見に行ったものでした。地下鉄が好きになって、それが今も続いているのはこれが原因なのでしょう。ネットの原点が「Trainwww」なら、私の鉄道趣味の原点はここです。


車輪の横には、検車場(工場かも)作業員の像があります。ハンマと懐中電灯を持って、床下機器の点検をしている姿でしょう。
公園を突き抜けると、浅香のバス停があります。なぜか2つ標柱が並んでいて、バスも前後に2台並んでいたのですが、写真の準備をしている間に1台は発車してしまいました。住吉区は大阪市内でも比較的高齢者の居住が多い区で、標柱には丁寧に「・・病院に行くには●●系統で・・何丁目下車」「住吉区役所に行くには・・・」などと書いた張り紙がありました。


公園の横には温泉がありました。建物の割に煙突が古そうですが、前からあったのでしょうか。
検車場があった時代、我孫子と浅香は丁度間に検車場が邪魔をしていて、踏み切りがないので両所を行き来するには非常に大回りをしなくてはならず、言わば「近いのに遠い所」でした。それが公園になったので、浅香へのアクセスは非常に改善したと言えます。
右は吾彦(あびこ)大橋です。なぜか橋はこの漢字なのですが、その昔、誰がこの川の向こうに地下鉄が行くなどと考えたものでしょうか。
ある意味大阪の地下鉄では「浮いてる存在」と言える御堂筋線も、このあたりになると他の線のように「下町の電車」と化してしまって、中心部の混雑が嘘のようです。
私は今の所御堂筋線にはあまり馴染みがないのですが、昔は地元の路線として使っていた事を思い出すと、乏しい脳細胞から暑苦しい思い出ばかりが読み出されてきます。私が生まれる前から冷房車の10系が走ってたのに、出てくるのは非冷房の30系や北急2000系の事ばっかりで、うんざりします(^^;;
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(C)Hiroyuki Samukawa 2000-2001